サラマンダーは、もとは火の中でも死なないと信じられた、小さな生き物の名前でした。
ウンディーネ、シルフ、ノームの三つの名前は、16世紀の一人の医者の本で初めて使われたと考えられています。
そしてその本の精霊たちは、人間のようにものを食べ、言葉を話し、人間と結婚することまでできました。
火のサラマンダー、水のウンディーネ、風のシルフ、土のノーム。ゲームで魔法を使うとき、この四つの名前は当たり前のように並んでいます。世界は四つのものでできているという古代の学問に、ある医者が住人を置き、それを小説家やゲームの作り手が受け継いできたのです。ゲームの四大精霊は、どこから来たのでしょうか。
この記事で分かること
- 始まりは精霊ではなく「元素」:火・水・土・空気で世界ができているという考えは、紀元前5世紀のギリシャの哲学者にさかのぼります。
- 四つの名前をそろえたのは医者:四元素それぞれに住む精霊を書いたのは、錬金術師としても知られる16世紀の医者パラケルススです。
- ゲームでは火と風の精霊が入れ替わる:日本のゲームでは、火はイフリート、風はジンと、アラビアの魔神の名前で呼ばれることがあります。
始まりは、世界をつくる「四つの根」
話は精霊よりずっと前、紀元前5世紀のギリシャから始まります。シチリア島のギリシャ人の町アクラガスに、エンペドクレスという哲学者がいました。紀元前494年ごろから434年ごろまで生きたとされる人です。
エンペドクレスは、あらゆるものは火・空気・水・土の四つが混ざってできていると考えました。彼はこれを「元素」ではなく「根」と呼びました。四つの根を混ぜ合わせるのは「愛」、引き離すのは「争い」という二つの力で、この二つの力で、ものが生まれたり壊れたりすると考えたのです。火・水・土・空気をひとそろいの組として示したのは、エンペドクレスが最初だとされています。
アリストテレスが、四つに性質を与えた
アリストテレス(紀元前4世紀のギリシャの哲学者)は、四つの元素を「熱い・冷たい」「乾いた・湿った」の組み合わせで説明しました。火は熱くて乾いている、水は冷たくて湿っている、という具合です。さらに、空の星は地上の物とは違う五つ目の元素「アイテール」でできていると考えました。この四元素の考え方は、その後2000年近く、ヨーロッパの学問の土台になります。
サラマンダーは、火の中で死なない生き物だった
四大精霊のうち、サラマンダーだけは古代から名前がありました。もとは精霊ではなく、実在すると信じられていた生き物の名前です。
アリストテレスは動物について書いた本で、サラマンダーは火の中を歩くだけでなく、歩きながら火を消してしまうという話を書き残しています。土や水や空気にそれぞれ住む生き物がいるのだから、火に住む生き物もいるはずだ、という考えにもつながっています。1世紀のローマの学者プリニウス(百科事典のような大著『博物誌』を書いた人)は、サラマンダーの体はとても冷たく、氷のように火を消すのだと説明しました。
この言い伝えは中世まで長く信じられました。燃えない鉱物の繊維である石綿(アスベスト)で織った布は、「サラマンダーの羽毛」と呼ばれたほどです。英語の「サラマンダー」が、今のイモリに近い両生類の名前として使われるようになったのは、17世紀に入ってからのことです。
パラケルススが、四つの元素に住人を置いた
四元素とサラマンダーを結びつけ、四つの精霊をそろえたのが、パラケルススです。1493年に生まれ1541年に亡くなったスイスの医者で、錬金術(鉱物や金属を変化させる技を通して、自然の仕組みや薬を探った昔の学問)にも打ち込みました。本名はテオフラストゥス・フォン・ホーエンハイムといいます。
パラケルススは、精霊について一冊の本を書いています。題名は『ニンフ、シルフ、ピグミー、サラマンダー、その他の精霊についての書』。生きているうちには出版されず、亡くなって25年たった1566年に世に出ました。
この本でパラケルススは、四つの元素それぞれに、そこを住みかとする者がいると考えました。私たちが空気の中を歩くように、水の精は水の中を、土の精は土の中を自由に動きます。火にはサラマンダー、水にはウンディーネ(本の題では「ニンフ」)、空気にはシルフ、土にはノーム(題では「ピグミー」)。精霊たちは幽霊のような存在ではなく、体を持ち、ものを食べ、言葉を話します。ただし、魂は持っていません。
ウンディーネは「波」、ノームは「土に住む者」
四つの名前のうち、ウンディーネ、シルフ、ノームの三つは、パラケルススの本で初めて現れたと考えられています。ウンディーネは、ラテン語で「波」を意味する「ウンダ」から作られた名前です。ノームは、ギリシャ語で「土に住む者」を意味する言葉から作ったという説が有力です。シルフは由来がはっきりせず、ラテン語の「森」とギリシャ語の「ニンフ(自然の精)」を組み合わせたという説などがあります。
ノームの姿には、元になった言い伝えもありました。ドイツの鉱山に住み、いたずらをしたり豊かな鉱脈を教えたりすると語られた、鉱夫の服を着た小さな「山の小人」です。
人間と結婚すれば、魂を得られる
とくに印象的なのが、ウンディーネの話です。パラケルススの本では、水の精は人間と結婚すると、地上での命は短くなる代わりに、不死の魂を得られます。ただし夫が水辺で裏切れば、水の精はもとの水へ帰ってしまいます。この「魂のない精霊が、人間の愛で魂を得る」という筋書きが、のちの文学を大きく動かしました。
精霊が、物語の主人公になる
1670年、パリで『ガバリス伯爵』という本が作者の名を伏せて出版されました。書いたのはフランスの聖職者モンフォコン・ド・ヴィラールです。なぞめいた伯爵が語り手に世界の秘密を明かすという筋で、四つの元素の精霊たちが人間との結婚を望んでいる、という話が語られます。神秘思想をからかった風刺とも読めますが、のちの神秘主義者(目に見えない世界の仕組みを探ろうとした人々)には、本気の教えとして読まれました。
この本は文学にも広がります。イギリスの詩人アレクサンダー・ポープは、1714年の改訂版の詩『髪の毛盗み』で、シルフたちを貴婦人の守り手として登場させました。
フーケの『ウンディーネ』
水の精を物語の主人公にしたのが、ドイツの作家フリードリヒ・ド・ラ・モット・フーケです。1811年の小説『ウンディーネ』(日本では『水妖記』の題でも知られます)では、漁師の夫婦に育てられた少女ウンディーネが、騎士フルトブラントと結ばれ、魂を得ます。しかし騎士の心は別の女性ベルタルダへ移り、ウンディーネは精霊の世界のおきてに従って、騎士の命を奪うことになります。
この物語はゲーテにほめられて広く読まれ、1816年にはオペラにもなりました。アンデルセンの『人魚姫』も、この物語を意識して書かれています。1832年にはパリでバレエ『ラ・シルフィード』が初演され、シルフは軽やかに舞う空気の精として舞台の人気者になりました。パラケルススの学問の中の住人だった精霊は、こうして誰もが知る物語の登場人物になったのです。
D&Dで、精霊は呼び出して戦わせる怪物に
1974年、アメリカで『ダンジョンズ&ドラゴンズ』(D&D)が発売されました。紙とサイコロと会話で遊ぶ、世界で最初に売り出されたロールプレイングゲームです。最初の版の怪物の本には、すでに空気・土・火・水の4種類のエレメンタルが載っていました。
D&Dのエレメンタルは、サラマンダーやシルフといった名前ではなく、「火のエレメンタル」のように元素の名前で呼ばれます。魔法使いは「エレメンタル召喚」の呪文で、四つのうちどれかを呼び出して戦わせることができました。ただし、呼び出している間は気を抜けません。集中が途切れると、エレメンタルは呼び出した本人に襲いかかります。
アラビアの魔神も、元素の仲間に
同じ最初の版には、空を舞う魔神ジンと、火を本性とする魔神イフリートも載っています。どちらもアラビアの言い伝えに出てくる魔神で、D&Dではジンが空気、イフリートが火と結びつけられました。ギリシャの四元素と、ヨーロッパの精霊と、アラビアの魔神が、ゲームの中で一つの体系にまとめられたのです。
日本のゲームで、四大精霊はおなじみの顔ぶれに
日本のゲームでも、四大精霊は魔法の世界の定番になりました。1993年のスーパーファミコン用ソフト『聖剣伝説2』では、主人公たちが各地の精霊の力を借りて魔法を使います。水のウンディーネ、土のノーム、火のサラマンダーはパラケルススの名前のままですが、風の精霊はシルフではなく「ジン」です。
1995年の『テイルズ オブ ファンタジア』では、風のシルフ、水のウンディーネ、土のノームと並んで、火の精霊が「イフリート」になっています。D&Dの流れをくむ小説『ロードス島戦記』にも、風の精霊王ジンと、炎の精霊王エフリートが出てきます。
パラケルススの四つの名前と、アラビアの魔神の名前が混ざり合っている。これは、D&Dが両方を元素の仲間としてまとめた姿とよく似ています。名前は作品ごとに違っても、「火・水・土・風にそれぞれ精霊がいる」という骨組みは、どの作品でも変わりません。
四大精霊は、2000年の重ね描き
こうして見ると、四大精霊は一つの神話から生まれたものではありません。それぞれの要素に、生まれた場所があります。
| 四大精霊の要素 | どこから来たか |
|---|---|
| 火・水・土・空気の四つで世界ができている | 古代ギリシャのエンペドクレス |
| 四つの元素に、熱い・冷たいなどの性質がある | アリストテレス |
| 火の中で死なないサラマンダー | アリストテレスやプリニウスが伝えた言い伝え |
| 四つの元素にそれぞれ住む精霊、ウンディーネ・シルフ・ノームの名前 | 16世紀の医者パラケルスス |
| 土の中に住む小さなノーム | ドイツの鉱山の小人の言い伝え |
| 人間と結ばれる水の精 | パラケルスス、フーケの小説『ウンディーネ』 |
| 呼び出して戦わせる火・水・土・空気の精霊 | ゲームの『ダンジョンズ&ドラゴンズ』 |
| 火のイフリート、風のジン | アラビアの魔神(D&Dや日本のゲーム) |
世界をつくる四つの「根」から始まり、医者がそこに住人を置き、小説家が恋をさせ、ゲームが呼び出せる仲間にしました。今のゲームの四大精霊は、その長い流れの先にいます。
背界の旅団の四つの属性
私が制作したカードゲーム『背界の旅団』の属性も、火・水・土・風の四つです。そして四つの属性それぞれに、精霊にあたるスピリットのカードがいます。火のエンバー・スピリット、水のミラー・スピリット、土の盆栽マン、風のウィスパー・スピリットです。ゲームの世界設定やカードは独自に作ったものです。詳しくは背界の旅団の公式サイトをご覧ください。
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