マジック:ザ・ギャザリングの最初のセットには、能力を一つも持たないユニコーンのカードがありました。
そのカードに書かれていた文章は、『鏡の国のアリス』の一節だけです。
そしてルールでは、その一節はゲームに何の影響も与えないと決められています。
カードの下のほうに、斜めの文字で書かれた短い文章。ゲームの進行には関係なく、そのカードの世界観だけを伝える文章です。これを「フレーバーテキスト」と言います。効果がないのだから、読まなくても勝ち負けは変わりません。それなのに、何年もたってから思い出すのは、強いカードの数字より、この一文だったりします。ゲームに関係ない一文が、なぜ心に残るのでしょうか。
この記事で分かること
- 「効果がない」とルールに書いてある:マジックもモンスター・コレクションも、斜めの文字の文章はゲームに影響しないとルールで定めています。
- カードで物語を連載したら、受け入れられなかった:マジックはカードで続き物の物語を語ろうとして、遊ぶ人から「いらない」と返され、世界を描く方向へ戻りました。
- モンコレは、旅人の日記にした:モンスター・コレクションのフレーバーは、一人の旅人の手記として書かれ、のちにその娘たちの手記へ受け継がれました。
フレーバーテキストは、ゲームの進行に関係ない「世界観の文章」
マジック:ザ・ギャザリング(マジック)は、1993年にアメリカのウィザーズ・オブ・ザ・コースト社が発売した、トレーディングカードゲーム(カードを集めて自分の山札を組み、対戦するゲーム)の元祖として知られる作品です。「フレーバーテキスト」という呼び名も、このマジックから生まれました。1993年3月、製作担当だったデイヴ・ハウエルが名付けたとされています。
フレーバーは「風味」という意味です。料理の味つけのように、ゲームの中身は変えずに、雰囲気だけを足す文章、という考え方です。マジックの総合ルール(大会でも使う、細かな決まりをまとめた文書)では、カードの文章欄には、ゲーム上の働きを持たない斜体の文章が入ることがある、と定めています。
1997年にグループSNE(日本のゲーム制作会社)が作ったカードゲーム『モンスター・コレクション』(モンコレ)の総合ルールも、同じ考え方です。文章欄には能力やルールと並んでフレーバー・テキストが書かれていて、斜体で書かれたものがそれに当たり、ゲームに影響を与えない、と定めています。そのすぐ前の項目では、カードのイラストもゲームに影響しないと書かれています。つまりフレーバーテキストは、ルールの上では絵と同じ扱いの「読む絵」なのです。
わざわざ「影響しない」と書くのには理由があります。カードの文章は、遊ぶ人が対戦中に何度も読み返すものです。物語の一文と能力の文が混ざると、どこまでが効果なのか迷ってしまいます。斜体という見た目の違いで「ここから先は読み物です」と区切ることで、遊ぶ人は安心して読み流すことも、じっくり味わうこともできます。
はじめは、古典の引用だった
冒頭のユニコーンは、1993年8月に出たマジック最初のセットに入っていた「パールド・ユニコーン」というカードです。能力は一つもなく、文章欄にはルイス・キャロルの『鏡の国のアリス』から、ユニコーンがアリスに話しかける場面の一節だけが置かれていました。能力のないカードだからこそ、空いた欄がまるごと読み物になったのです。
初期のマジックには、このように実在の本からの引用がたくさんありました。1994年のセット『レジェンド』では、シェイクスピアの劇『尺には尺を』の台詞が闇の呪文のカードに、『テンペスト』の台詞が海の怪物のカードに使われています。イギリスの詩人テニスンの詩も、何枚ものカードに引かれました。
まだ自分たちの世界の歴史が浅かったころ、カードに重みを与えたのは、誰もが知る古典の言葉でした。見たことのない怪物の絵の下に、何百年も読まれてきた一行が添えられている。それだけで、カードの向こうに古い世界が広がっているように感じられます。
カードで物語を連載したら、受け入れられなかった
やがてマジックは、自分たちの物語を語り始めます。1997年6月に出たセット『ウェザーライト』では、空を飛ぶ船ウェザーライト号の乗組員たちの冒険が始まりました。決まった登場人物が順番に冒険していく物語を、はっきりと語ろうとした最初のセットです。物語はカード名やフレーバーテキストの中で何度も語られ、その後のセットへと続いていきました。
ところが、この試みは遊ぶ人に受け入れられませんでした。マジックの開発者マーク・ローズウォーターは2002年の記事で、カードで物語を進めることについて、遊ぶ人の答えははっきり「いらない」だったと振り返っています。そこで作り手は、カードで筋書きを進めるのをやめ、物語が起きる「世界そのもの」を描く方向へ切り替えました。
私は、ここに大きな手がかりがあると考えています。カードはパックから順番どおりには出てきません。連載の第5話だけを引いても、前後が分からなければ楽しめないのです。一方で、世界の一場面を切り取った文章なら、どの一枚から読んでも、その一枚で味わえます。
同じ記事の中でローズウォーターは、フレーバーには詩のようなもの、世界を説明するもの、考えさせるもの、笑わせるものなど、いくつもの種類があり、その幅の広さこそが強みだとも書いています。雰囲気に浸りたい人もいれば、対戦中に読み上げて笑いたい人もいるからです。
モンコレは、旅人の日記にした
同じ1997年、日本のモンコレは別の答えを出していました。モンコレの最初のセットのフレーバーテキストには、文末に「ホーリィの手記」という出どころが添えられています。ホーリィという一人の旅人が、相棒と旅をしながら書いた記録という形です。語りは一人称で、火の呪文を覚えたばかりの心境や、相棒の皮肉な一言まで書かれています。
この形のよいところは、カード1枚が日記の1ページになることです。アリの群れも、森の妖精も、竜も、旅人がそこで出会った相手として描かれます。どのカードから読んでも一場面として成り立ち、たくさん集めるほど、一人の旅人の目を通した世界の地図が少しずつ埋まっていきます。マジックが連載で苦しんだ「順番に出てこない」という問題を、日記という形がうまく受け止めているのです。
手記はその後、語り手を替えて続きました。2000年から展開された『モンスターコレクション2』では、ホーリィの双子の娘、シルクとミルクの手記がフレーバーになります。さらわれたミルクの旅と、それを追うシルクの旅が、それぞれの手記として描かれました。ホーリィ、シルク、ミルクの手記を合わせると、フレーバーを持つカードは数百枚にのぼります。親から娘へ、世代をまたいで世界を歩く旅の記録になっていたのです。
モンコレの世界そのものについては六門世界とはで、地図の上を進むゲームの仕組みはモンコレの進軍で詳しく書きました。
効果のない一文が、心に残る理由
ここまでの流れを並べると、フレーバーテキストが心に残る理由が見えてきます。
一つ目は、ルールの文と役割が分かれていることです。能力の文は「このカードが何をするか」を伝えます。フレーバーは「このカードが誰なのか」を伝えます。数字だけでは同じに見える2体のモンスターも、一行の文章で別の生き物になります。
二つ目は、短いことです。カードの隅に入る文章は、長くても数行です。全部を説明できないので、書かれていない前後を読む人が想像で埋めます。自分で埋めた想像は、人から聞いた説明よりずっと長く覚えています。
三つ目は、繰り返し目に入ることです。同じカードを何十回も対戦で使ううちに、その一文は自然と覚えてしまいます。好きなカードの一文は、そのカードで勝った記憶や負けた記憶と一緒に残ります。
| フレーバーの書き方 | 読む人に残るもの |
|---|---|
| 古典の引用(初期のマジック) | 誰もが知る言葉の重みと、古い世界の気配 |
| カードで物語を連載(ウェザーライト) | 続きの気になる物語。ただし順番どおりに読めない |
| 世界の一場面を切り取る(その後のマジック) | どの一枚からでも味わえる、世界の手触り |
| 旅人の手記(モンコレ) | 一人の目で見た世界と、集めるほど埋まる旅の地図 |
背界の旅団のフレーバーは、旅の手記と日記
私は1997年、小学5年生のときにモンコレに出会いました。私が制作したカードゲーム『背界の旅団』のフレーバーテキストも、モンコレの手記から学んだ「世界を横断して描く」書き方で作っています。ただし文章はすべて独自に書いたもので、モンコレの原文は使っていません。舞台は、大地が眠る巨大な竜の背中になっている世界です。
語り手は主に二人です。物語の案内役である大魔道士エリンゲの「手記」と、謎めいた人物ハーレクインの「日記」。たとえばオーク斥候兵には、ハーレクインのこんな日記が載っています。
「あの斥候は鼻で敵を見つけるという。私の香水でくしゃみをしたので、先払いした案内料は半分返してもらった。」
オーク斧戦士の日記は、もっと短い一文です。
「鍛錬そのものは尊い。しかし私は、礼を失う前にその場を去ることにした。」
どちらも、オークがどれほど強いかは一言も書いていません。書いてあるのは、鼻のきく斥候と、香水をつけた旅人の小さな事件です。それでも、オークがどんな種族で、ハーレクインがどんな人物かが、少しだけ見えてきます。
能力のあるカードには、原則として載せない
『背界の旅団』では、フレーバーを載せるカードに決まりを作りました。能力を持つモンスターには原則として載せず、能力のないモンスターの文章欄の下に置きます。魔法カードのフレーバーも、カードの面には原則として出しません。能力の文と物語の文を同じ欄に混ぜないためです。マジックの最初のユニコーンと同じで、能力のないカードの空いた欄が、まるごと世界の一場面になります。
例外は3枚だけで、ファイア・ドレイクはその一枚です。能力の文の下に、エリンゲの手記が載っています。宿の主人に竜は外へと言われた、という小さな失敗談です。
ゲームの効果はありません。読まなくても勝てます。それでも、対戦の合間にふと読んだ一文で、旅団が歩いてきた竜の背中の世界を感じてもらえたらうれしいです。ゲームの世界設定やカードは独自に作ったもので、各作品の公式作品・派生作品ではありません。詳しくは背界の旅団の公式サイトをご覧ください。
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