マジック:ザ・ギャザリングは、ゲームの大会の待ち時間に遊べるゲームとして頼まれて生まれました。
アメリカで最初にポケモンカードを売ったのは、そのマジックを作った会社でした。
そして日本の『デュエル・マスターズ』は、もとはマジックを描いていた子ども向けの漫画から生まれました。
パックを買ってカードを集め、自分で選んだカードの束(デッキ)で対戦する。この遊び方を「トレーディングカードゲーム」(TCG)と呼びます。始まりは1993年のアメリカです。それが日本に届き、わずか数年のうちに日本生まれのカードゲームが次々に現れました。海の向こうで生まれた遊びは、どうやって日本に根づき、日本ならではの作品を生んだのでしょうか。
この記事で分かること
- 始まりは「持ち運べるゲーム」の注文だった:マジックは、大会の空き時間に遊べて道具の少ないゲームを、という依頼から作られました。
- 日本語版と同じ年に、国産が動き出した:マジックの日本語版が出た1996年に、ポケモンカードも発売され、国産のカードゲームが一気に増えていきます。
- 日本とアメリカは行き来していた:ポケモンカードはマジックの会社がアメリカで売り、デュエル・マスターズはマジックの仕組みから日本向けに作られました。
マジックは、大会の待ち時間のために生まれた
1990年、アメリカのピーター・アドキソンがゲーム会社のウィザーズ・オブ・ザ・コーストを作りました。アドキソンは、数学を学んでいたリチャード・ガーフィールドと出会います。ガーフィールドは、ロボットを工場の中で走らせるボードゲーム『ロボラリー』を持ち込みましたが、アドキソンは作るのにお金がかかりすぎると考えました。代わりに頼んだのが、ゲームの大会の待ち時間に遊べる、持ち運べて道具の少ないゲームです。
ガーフィールドはこれに、野球カードのように集める楽しみを組み合わせました。カードはパックで売られ、中身は開けるまで分かりません。手に入れたカードから自分でデッキを組み、相手と戦います。こうして1993年8月5日に発売されたのが、マジック:ザ・ギャザリング(マジック)です。最初のセットはすぐに売り切れました。
集めること、組むこと、戦うこと。この三つを一つにしたのがマジックの発明でした。パックの中の出やすさの違いについてはカードゲームのレア度で詳しく書いています。
1996年、日本でカードゲームが動き出した
まず英語のカードとして届いた
マジックは、発売の翌年の1994年から日本でも輸入して売られるようになりました。ただし、カードに書かれたルールの文章は英語です。カードの効果を読めなければ遊べないゲームなので、日本語版を望む声が高まっていきました。
日本語版が出たのは1996年4月です。ゲームや模型の雑誌を出しているホビージャパンが、基本セットの第4版などを日本語で発売しました。マジックの日本語版の発売元は、のちにタカラトミーへ移り、2012年からはウィザーズ社の日本法人が手がけています。
同じ年に、日本生まれのカードゲームが現れた
日本にも、それ以前からカードを集める文化はありました。自動販売機で買えるバンダイの「カードダス」や、サッカー選手の「Jリーグカード」です。ただ、これらは集めることが中心で、公式のルールや大会があるゲームではありませんでした。
流れが変わったのが、マジックの日本語版と同じ1996年です。10月20日、メディアファクトリーから『ポケットモンスターカードゲーム』(今のポケモンカードゲーム)が発売されました。開発したのは、ゲーム『ポケットモンスター』に関わる会社のクリーチャーズです。初の本格的な国産トレーディングカードゲームとされ、この後のカードゲームの流行の火付け役になりました。同じ1996年の11月には、バンダイからロボットのゲームを題材にした『スーパーロボット大戦 スクランブルギャザー』も出ています。
ポケモンカードは、マジックの会社がアメリカへ運んだ
日本で生まれたポケモンカードは、海を渡ります。アメリカで最初にポケモンカードを発売したのは、マジックを作ったウィザーズ社でした。1999年1月に発売し、6週間足らずで約40万個を売っています。アメリカから届いた遊び方で作られた日本のカードゲームが、今度はマジックの会社の手でアメリカへ戻っていったのです。アメリカでの発売の権利は、2003年にポケモンの会社へ移りました。
1997年、モンコレが加わった
ポケモンカードの翌年、1997年9月に発売されたのが『モンスター・コレクション』(モンコレ)です。ゲーム制作集団のグループSNEが作り、出版社の富士見書房が発売しました。グループSNEは、ゲーム『ダンジョンズ&ドラゴンズ』を遊んだ記録から小説『ロードス島戦記』を生んだ、ファンタジーのゲームを得意とする集団です。その流れはエルフはなぜ耳が長い?で書きました。
ポケモンカードが人気ゲームの世界をカードにしたのに対し、モンコレはカードのために独自のファンタジー世界「六門世界」を用意し、そこに住むモンスターを召喚して戦うゲームでした。戦い方も独特で、地形のカードで作った地図の上を部隊が進み、相手の本陣を目指します。グループSNE自身も、モンコレを「国産カードゲーム黎明期を代表する作品」と位置づけています。
世界については六門世界とは、地図の上を進む仕組みについてはモンコレの進軍で詳しく解説しています。
1999年からのブームと、長く続く作品
1990年代の終わりには、日本のカードゲームはさらに増えます。漫画『遊☆戯☆王』のカードは、1998年にバンダイから「カードダス」として出たあと、1999年2月4日にコナミから『遊☆戯☆王オフィシャルカードゲーム』として発売されました。この遊戯王OCGは長く売れ続け、2009年には世界で最も多く売れたトレーディングカードゲームとしてギネス世界記録に認定されています。1999年7月には、ブロッコリーから少女たちが戦う『アクエリアンエイジ』も発売されました。
人気の作品が次々にカードゲームになり、この時期は「キャラクターTCGブーム」と呼ばれます。一方で、子どもどうしのお金のやりとりや、カードの万引きといった問題も広く知られるようになりました。
マジックを描いた漫画から、デュエル・マスターズへ
1999年5月、子ども向けの漫画雑誌『月刊コロコロコミック』で、松本しげのぶの漫画『デュエル・マスターズ』が始まりました。当初、作中で戦っていたのはマジックです。2002年、小学館とウィザーズ社の協力で、マジックの仕組みを土台に、コロコロの読者に合わせた新しいカードゲームが作られます。それが2002年5月30日にタカラから発売された『デュエル・マスターズ』です。漫画もこのカードゲームを描く内容へ切り替わりました。アメリカで生まれたマジックが、日本の子ども向けに作り直されて戻ってきたのです。
モンコレの、その後
モンコレも、形を変えながら続きました。2000年9月にはルールを改めた『モンスター・コレクション2』が始まります。しばらく新しい商品が途絶えたあと、2008年夏にブロッコリーとの協力で10周年記念の新しいカードセットが出て、2009年には本格的に商品が再び出されるようになりました。2011年8月からはブシロードが扱い、2014年5月30日に出たデッキで販売の契約が終わります。2017年3月30日には、KADOKAWAから『モンスター・コレクションTCG 20th Anniversary』が発売されました。
ポケモンカード、遊戯王OCG、デュエル・マスターズが今も新しいカードを出し続けているのに比べると、モンコレは何度も止まり、そのたびに出し手を変えて戻ってきた作品です。それでも、地図の上を進む独特の遊び方を覚えている人は少なくありません。
ブームが落ち着いたあと、2022年のワンピースカードへ
1990年代の終わりから続いたブームは、2000年代の終わりには落ち着いていきます。カード店の中には、お客さんどうしが対戦するための場所(デュエルルーム)を片付ける店も相次ぎました。
それでもカードゲームは消えず、2022年7月8日、バンダイが漫画『ONE PIECE』のカードゲーム『ONE PIECEカードゲーム』(ワンピースカード)を日本で発売します。発売直後は、店頭でも通販でも品切れが続きました。同じ年の12月2日には英語版が出て、世界でも遊ばれるようになります。1996年のポケモンカードがアメリカに渡るまで2年あまりかかったのに比べると、日本生まれのカードゲームが、半年たたずに世界へ出ていったことになります。
遊び方は、まず「リーダー」のカードを1枚選び、リーダーと同じ色のカードだけでデッキを組みます。カードを出すための資源「ドン!!」は、デッキとは別の山にしてあります。色で組めるカードを最初に決めてしまう作りは、マジックやポケモンカードとも、属性を混ぜて組めたモンコレとも違う考え方です。この違いはモンコレはなぜ属性を混ぜて組める?で比べています。
マジックの発売から、ワンピースカードまでおよそ30年。アメリカで生まれた「集めて、組んで、戦う」遊びは、日本で形を変えながら作られ続け、今も新しい作品が生まれています。
マジックからワンピースまでの流れ
こうして並べると、日本のカードゲームは、アメリカから一方的に届いたものではなく、行き来しながら育ってきたことが分かります。
| 出来事 | 何につながったか |
|---|---|
| 1993年 大会の待ち時間に遊べるゲームの注文 | マジック:ザ・ギャザリングの発売 |
| 1994年 英語のマジックの輸入 | 1996年4月 マジックの日本語版 |
| 1996年10月 ポケモンカードの発売 | 国産カードゲームの流行、1999年にマジックの会社がアメリカで発売 |
| 1997年9月 モンコレの発売 | 独自の世界と地図の上を進む遊び方の国産カードゲーム |
| 1999年 遊戯王OCG・アクエリアンエイジ | キャラクターTCGブーム |
| 1999年 マジックを描いた漫画 | 2002年5月 デュエル・マスターズの発売 |
| 2000年代の終わり ブームが落ち着く | デュエルルームを片付ける店も相次ぐ |
| 2022年7月 ワンピースカードの発売 | 発売直後から品切れ、同じ年の12月に英語版で世界へ |
その流れの中にいた、私と『背界の旅団』
私は1997年、小学5年生のときに、発売されたばかりのモンコレに出会いました。国産のカードゲームが次々に生まれていた、ちょうどその時期です。私が制作したカードゲーム『背界の旅団』は、そのモンコレで遊んだ体験から生まれました。カードを集めてデッキを組み、地図の上を部隊で進んで相手の本陣を目指す。1993年のマジックから始まり、日本で独自の形に育ったカードゲームの流れの先に、このゲームを置きたいと考えています。ゲームの世界設定やカードは独自に作ったもので、各作品の公式作品・派生作品ではありません。詳しくは背界の旅団の公式サイトをご覧ください。
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